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甲府地方裁判所 昭和60年(ヨ)133号 判決 1988年5月16日

債権者 羽田一

<ほか一四名>

債権者ら訴訟代理人弁護士 鍛治利秀

同 松本義信

同 渡辺春己

右訴訟復代理人弁護士 森田太三

債務者 日本道路公団

右代表者総裁 宮繁護

右訴訟代理人弁護士 井関浩

債務者補助参加人 山中部落浅間神社有地入会管理組合

右代表者組合長 高村不二義

右訴訟代理人弁護士 大野正男

同 若井英樹

主文

本件申請を却下する。

申請費用は債権者らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債務者は、別紙第一物件目録(一)及び(二)記載の各土地の道路工事を中止し、これを続行してはならない。

2  債務者は、右各土地に立ち入ってはならず、道路工事関係者を立ち入らせてはならない。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第一当事者の主張

一  申請の理由

1(一)  別紙第二物件目録記載の地番の各土地(以下「神社有地」という。)は、昭和六〇年六月当時、山中部落の入会地であり、その総有に属するものであった。

なお、右神社有地については、申請外浅間神社の名義で登記がされているが、これは山中部落に法人格がないことによるものであり、形式的なものに過ぎない。

(二) 別紙第一物件目録(一)記載の土地は、同第二物件目録(三)記載の地番の土地から、同第一物件目録(二)記載の土地は、同第二物件目録(四)記載の地番の土地から、それぞれ昭和六〇年七月に分筆されたものである(以下、第一物件目録記載の各土地を「本件土地」という。)。

2(一)  神社有地については、昭和五二年一一月二五日、山中部落民によって「山中部落浅間神社有地入会管理組合規約」(以下「組合規約」という。)が制定され、組合規約は、翌五三年三月一日に施行された。右組合規約によると、神社有地についての権利者は「共同権利者」と称され、所有権利者(共同所有権利者)と利用権利者(入会利用権利者)の二種類に分けられた。施行当初の所有権利者は一九〇名、利用権利者は一〇二名である。

(二) 債権者らは、いずれも山中部落の一員であり、共同所有権利者の一人である。

3  債務者は、昭和六〇年六月三〇日に山中部落浅間神社有地入会管理組合(以下「管理組合」という。)の同意のもとに浅間神社から本件土地を買い受けたとして、本件土地上に山梨県南都留郡河口湖町から静岡県駿東郡小山町に至る有料道路「東富士道路」を盛土工法により建設している。

4  しかし、組合規約三一条一項によれば、神社有地の処分については、組合長は、予め所有権利者全員の同意と、全共同権利者五分の四以上が出席した総寄合で、その五分の四以上の同意を得なければならないとされているところ、右売買については右規約に定める手続がとられていないから、右売買は無効である。

5  債権者らは、所有権利者としての本件土地の使用収益権に基づき、債務者に対し、建設工事禁止、所有権不存在確認等の訴訟を準備中であるが、右建設工事が進行し、東富士道路が完成すると、本案訴訟に勝訴しても、原状を回復することは物理的経済的に極めて困難である。

よって、債権者らは、申請の趣旨記載のとおりの仮処分の判決を求める。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1ないし3の各事実はいずれも認める。

2  申請の理由4について、組合規約三一条一項に債権者ら主張の規定があることは認めるが、その解釈は争う。

3  申請の理由5は争う。

三  債務者・補助参加人の主張

1  債務者は、昭和六〇年六月三〇日、管理組合の同意を得たうえ、浅間神社から神社有地のうち本件土地を含む六万一四七〇平方メートルを代金六億六七四万九六四〇円で買い受けた(以下「本件契約」という。)。

2(一)  組合規約は、かつて一部の者が神社有地を処分したことから生じた訴訟(以下「神社有地裁判」という。)が最高裁判所に係属中に、再びこのような紛争が生じないように、従前の慣行を明文化したものである。そして、神社有地の処分については、総寄合における出席者全員の同意によって決するのが山中部落における従前の慣行であった。

(二) 組合規約三一条一項には、財産処分について、「予め所有権利者全員の同意と、全共同権利者五分の四以上が出席した総寄合で、その五分の四以上の同意を得なければならない。」との規定があるが、これは、原案では従前の慣行を緩和し「予め総寄合の五分の四の同意を得なければならない。」とされていたものを、神社有地裁判係属中に全員一致の原則を緩和するのは妥当ではないとの考慮から書き改められたものであり、従前の慣行を変更しようとするものではない。従って、右規定にいう「所有権利者全員の同意」は、総寄合における出席者全員の同意を意味するものである。

3  本件契約については、次のとおり、組合規約に従い、管理組合の総寄合において出席者全員一致で承認の議決がされた。これらの総寄合への債権者らの出席状況は別紙債権者出席状況表記載のとおりである。

(一) 昭和五七年一〇月一八日の総寄合

債務者が昭和五七年九月一日に東富士道路の路線を山中小学校体育館から富士山寄りに三五〇メートルとする旨提示したことを受け、権利者二九二名中二六二名が出席して開かれた。この総寄合では、債務者に対し路線を更に富士山寄りに変更することを求めることとし、折衝機関として東富士道路対策協議会を設置することが出席者全員一致で議決された。

(二) 昭和五七年一二月一六日の総寄合

債務者から最終案として示された前記体育館から四五〇メートル上の路線計画につき東富士道路対策協議会が同年一二月一〇日に同意したのを受け、共同権利者二五〇名が出席して開かれ、出席者全員一致で左のとおり決議した。この決議により、東富士道路の路線位置及び債務者に対する用地の売却は、価格の点を除き確定した。

(1) 神社有地を通過する東富士道路の路線については、債務者が提示した計画路線を承認する。

(2) 右神社有地内に建設される道路用地の処分に同意する。

(3) 地域住民の要望する条件の実現のため設計協議の段階における交渉は、すべて東富士道路対策協議会に一任する。

(三) 昭和五八年五月二七日の総寄合

共同権利者二五六名が出席して開かれ、執行部から前記(二)の総寄合において東富士道路の路線及び用地の処分が承認されたこと、用地について測量が実施されていること、並びに路線下の神社有地が防衛庁から返還される見込みである旨報告された。そして、右返還される土地について山中部落として開発促進すべき旨の動議が提出され、これを全員一致で承認した。

これは、前記(二)の決議を前提とし、道路用地の処分の再確認を含むものである。

(四) 昭和五九年五月三〇日の総寄合

共同権利者二七二名が出席して開かれ、東富士道路の本道に沿って工事用道路を設置する旨の議案が審議された。途中で、債権者羽田一が東富士道路の用地処分について組合規約三一条の手続が行われていない旨の発言をしたが、申請外羽田明春が、

(1) 東富士道路建設ルートにあたる神社有地(道路用地)の売却及び本道建設に伴う工事道路(側道)用地の財産処分に同意する。

(2) 本日の総寄合に欠席した権利者については議案内容を追認したものとみなし処置する。

との動議を提出し、これが全員一致の賛成で議決された。

(五) 昭和五九年一一月一二日の総寄合

前記(二)及び(四)の総寄合決議で東富士道路用地の売却が承認されたが、その面積と代金を決定するため共同権利者二六一名が出席して開かれ、本件土地を含む道路用地を六億六七四万九六四〇円で債務者に売却する旨全員一致で議決した。

なお、右会議の途中、債権者羽田一が、売却に反対する旨の意見を述べたうえ、債権者椙浦一布、同高村壽及び同高村国夫らとともに退場した。しかし、右債権者らは、決議に加わって反対したのではないこと、その反対の理由も、既に承認されていた東富士道路の路線位置に関するものであり、右総寄合の決議事項である売却土地の面積及び代金額に関するものではないこと、債権者羽田一は、総寄合の開会前に、管理組合代表者高村不二義らと協議し、右債権者らはその面子のため反対意見を述べて退場し、その後に決議をすることによって円満な会議の進行と満場一致の決議を図ることに合意したことに鑑みれば、右債権者らの前記行動をもって、前記決議に対する反対の意思表示とみることはできない。

4  仮に、組合規約三一条一項が、財産処分につき所有権利者全員の同意を要求するものであり、又は、前記3の(四)及び(五)の総寄合における決議が、債権者羽田一らの行動により全員一致のものとはいえないとしても、次の諸点に照らせば、本件土地の売却について組合規約三一条一項違反をいう債権者らの主張は、禁反言の法理に照らし、また、不同意権の濫用であり許されない。

(一) 東富士道路についての路線位置及び用地処分については、前記3のとおり五回の総寄合が開催されており、債権者らが真実、債務者に対する道路用地の売却に同意しないというのであれば、各総寄合の決議に際し、反対の意思を表明することが十分に可能であった。しかるに、債権者らは、債権者羽田一が前記3の(三)及び(四)の行動をした他は、本人、家族又は代理人が出席しながら何ら反対しなかったばかりか、逆に賛成の決議に加わっている。また、債権者羽田一は、東富士道路の路線及び用地処分が決定された昭和五七年一二月一六日の総寄合につき、事前に同日の総寄合に右事項が諮られるのを知りながら、さしたる理由もなく欠席し、その後になって自分は欠席したので同意していない旨を主張し始めた。

(二) 債権者らの主張は、東富士道路の建設自体には賛成しながら、その位置を山中小学校体育館から四五〇メートル富士山寄りではなく、七〇〇メートル富士山寄りにすべきであるというものである。

しかしながら、東富士道路の路線の富士山寄りには北富士演習場の滑走路及び着弾地があり、道路が通過できる地域には制限があること、富士箱根伊豆国立公園の特別地域内を通るため道路の構造が制限されること、更に道路の勾配及び曲線等について走行上の安全性を確保しなければならないこと等の条件から、東富士道路の路線を右の四五〇メートル以上富士山寄りにすることは不可能である。また、道路の設置については、演習場との関係においては防衛庁はもとより日米合同委員会との合意が必要であり、国立公園との関係においては環境庁の同意が必要であって、債務者が自由になしうるものではない。

(三) 東富士道路は、多年にわたる国道一三八号線の極端な渋滞を解消するため、北富士及び東富士一帯の住民が強く債務者に働きかけて漸く着工をみたものである。しかるに、本件仮処分申請が認容され、債務者の建設工事の続行が不可能となれば、従来どおりの右国道の渋滞により、観光産業で生活している付近住民が被る有形無形の損害は著しい。

しかも、前記(二)の事実に照らせば、土地収用法の適用によって、結局、現行路線に東富士道路が建設されることは確実であるが、その手続には数年以上を要するうえ、土地収用法によった場合には、現行の計画のように、東富士道路により上下に分断される村道について、これを拡幅してカルバートボックスを設置し更に側道を設けるなど、神社有地の利用開発のための配慮は期待できない。

更に、管理組合は、債務者に対する本件契約の履行が不能となり、その損害を賠償すべき義務を負うこととなる。

(四) 債権者らの中心となっている者は、神社有地裁判に参加しなかった者の子であったり、管理組合の設立当初から、浅間神社から管理組合への財産の移管をめぐり、管理組合と対立した者であり、債権者らの反対の動機は、組合長高村不二義を中心とする管理組合執行部に対する私的な反感である。

四  債務者・補助参加人の主張に対する債権者らの認否及び反論

1  債務者・補助参加人の主張の1の事実は認める。

2(一)  同2の(一)の事実は否認する。神社有地の処分については、所有権利者全員の同意を必要とするのが従前の慣行である。仮に、従前の慣行が債務者・補助参加人の主張のとおりであるとすると、組合規約は、右慣行を変更したものである。

(二) 同2の(二)は争う。組合規約三一条一項は、その文言どおり、所有権利者全員の同意を要求するものであり、単なる総寄合における出席者全員の同意で足りるとするものではない。また、右同意は、総寄合における決議に先立ち得られなくてはならない。

3  同3の事実は否認する。(一)ないし(五)の各総寄合についての債権者らの主張は次のとおりである。

(一) 昭和五七年一〇月一八日及び同年一二月一六日の総寄合は、いずれも山中区、浅間神社及び山中浅間神社有地入会権擁護委員会が招集した合同総寄合であり、管理組合の総寄合ではない。

(二) 各総寄合についての各債権者の出席状況は、別紙債権者出席状況表記載のとおりである。また、各総寄合につき管理組合(補助参加人)が出席者としたものの中には、共同権利者の家族が委任状なく出席したものを本人出席としたものがあり、また、管理組合の会議規則二四条では、代理人が委任状をもって代理しうるのは一名とされているのにかかわらず、一人で数名の者の代理をしているものもある。

(三) 右会議規則二六条二項では、管理組合の総寄合における表決は、起立の方法によると定められているのにかかわらず、各総寄合の決議は、いずれもこれによらず、拍手等の方法でなされている。しかも、昭和五九年五月三〇日の総寄合における決議は「拍手により全員賛成」とされているが、同総寄合に出席した債権者羽田一は、賛成の拍手をしなかった。

(四) 昭和五九年一一月一二日の総寄合において、債権者羽田一、同高村国夫、同椙浦一布及び同高村壽は、本件土地を含む東富士道路用地の売却に反対する意思を明確に表明して退場した。従って、少なくとも右四名の所有権利者については、右売却につき同意があったものとみることはできない。

4  同4の主張は争う。

(一) 東富士道路が山中小学校の体育館から四五〇メートル富士山寄りに通過することになると、二箇所に分かれた神社有地は、その中央部で四つに分断され、富士山側の開発は、極めて困難になる。これはカルバートボックスを設けることによって解決できるものではなく、路線を更に富士山寄りに変更することによってのみ解決できるものであり、前記体育館から七〇〇メートルの位置にするのが最善である。そして、右位置に東富士道路を通過させることが不可能であるという債務者の主張は、いずれも根拠のないものである。

(二) 債権者らは、いずれも東富士道路の建設には賛成であるが、だからといって、その路線位置、売却すべき神社有地の位置・面積及び代金額について反対することが許されないという理由はない。そして、債権者らは、昭和五七年一二月一六日の総寄合の後、様々な方法で前記四五〇メートル案に対する反対の意思を表明しており、債権者らの主張が禁反言の法理に反するということはできない。

第三証拠《省略》

理由

一  神社有地の権利関係、東富士道路用地の売却及び同道路の建設着工について

申請の理由1ないし3及び債務者・補助参加人の主張1の各事実については、いずれも当事者間に争いがない。

よって、以下、債務者に対する本件土地の売却の効力について判断する。

二  組合規約三一条一項について

1  組合規約三一条一項に、神社有地の全部又は一部につき所有権の譲渡等の処分をするには、「組合長は予め所有権利者全員の同意と、全共同権利者五分の四以上が出席した総寄合で、その五分の四以上の同意を得なければならない。」との規定があることについては当事者間に争いがない。従って、同規約が「所有権利者全員の同意」を財産処分の要件としたことは明らかであるところ、債務者・補助参加人は、右の同意は、総寄合出席者全員の同意を意味するものである旨主張するので、まずこの点につき検討する。

(なお、債権者らは、所有権利者全員の同意は、総寄合開催の前に得られなくてはならない旨主張するが、右規定の「予め」の文言は、「得なければならない。」との文言にかかるものであって、右規定が組合長に「処分に先立って」右手続をとることを要求しているに止まるものであることは文理上明らかである。)

2  《証拠省略》を総合すると次の事実を一応認めることができる(以下の認定については「一応」を省略する。また書証の成立についての判断は、別紙書証一覧表記載のとおりである。)。

(一)  前記のとおり、神社有地は山中部落の入会地であり、その総有に属するものであったが、昭和三六年に山中部落の一部の者が神社有地につき浅間神社の名で第三者と地上権設定契約を締結したことから、右第三者が浅間神社を被告として地上権確認等の訴訟(神社有地裁判)を提起し、山中部落民の大多数は大森虎三等を選定当事者として右訴訟に当事者参加した。甲府地方裁判所は、昭和四三年、右訴訟につき、右総有の事実を認める判決を言い渡し、東京高等裁判所も、昭和五〇年に同様の判断を示し、控訴棄却の判決を言い渡した。

このような中で、山中部落民は、再び右のような争いが起こることを防止することを目的に、神社有地に関する従来の慣行を明文化し、その管理等の手続を明確にする規約を制定することとし、右訴訟が最高裁判所に係属中であった昭和五一年ころ、起草委員を選出し、起草委員は、更に規約原案の起草を民法学者北條浩に依頼した。

(二)  従前、山中部落には、意思決定機関として、有力者で構成される有志会、地域毎に分かれた組(常会)及び構成員全員の総会(総寄り、区民大会)があったが、財産処分等の重要な案件は、総会又は少なくとも常会に諮られたうえ、出席者の全員一致で決せられ、この全員一致が得られないために財産の処分ができなかった例もあった。他方、総会等の欠席者については、特段の意思表示のない限り、これらの者につき別途同意を求める手続はとられなかった。

(三)  前記起草委員から依頼を受けた北條は、当初、財産処分については従前の慣行を緩和し、総寄合における五分の四の同意を要件とする規約を立案したが、いまだ神社有地裁判が最高裁判所に係属中の段階で処分の要件を緩和するのは望ましくなく、理由のない少数の反対は権利濫用の法理で処理すればよいとの民法学者川島武宜の意見により、結局、財産処分については、現行組合規約三一条一項どおりの原案が作成された。

(四)  昭和五二年一一月二五日、権利者二五九名が出席(うち委任状出席六三名)して浅間神社有財産権利者総会が開かれ、管理組合設立及び組合規約が、いずれも「異議なし」として原案どおり承認された。承認された組合規約の一条は、規約の目的として、共同権利者の権利義務及び神社有地の管理運営に関する基本原則を、山中部落の慣習に基づき明確にし、以て、これに関する紛争の発生を防止することを謳っている。

なお、右総会当時既に、所有権利者と予定されている者の中には、部落との関係を断ち、その資格に疑問が存する者も存在した。

(五)  組合規約と同時に作成された管理組合の会議規則二六条二項は、総寄合における表決の方法を定めており、その意味は必ずしも明瞭ではないが、同項が組合規約三一条一項の場合につき、総寄合における所有権利者全員の同意を前提としていると解する余地がある。

以上のとおりである。

《証拠判断省略》

3  右2で認定の事実に、総有関係においては共有と異なり構成員からの分割請求は認められないこと、個人の権利意識が向上し民主主義の理念が浸透した現代において、総有財産の処分の具体的内容につき、一九〇名にのぼる所有権利者(しかも、前記所有権利者の一部には部落との関係が希薄な者も含まれることは前記のとおりである。)の文字どおりの全員一致を得ることは不可能に近いことを総合すると、組合規約三一条一項は、財産処分について従前の山中部落の慣行以上に厳格な要件を定めたものではなく、同項の規定にいう「所有権利者全員の同意」は、やむを得ない事由により総寄合に出席することのできない者が事前に反対の意思を表示していた等の特段の事情がない限り、総寄合に出席した所有権利者全員の同意をもって足りると解すべきである。

そこで、次に、本件土地の売却につき、右同意が得られたか否かについて判断する。

三  総寄合における同意について

1  《証拠省略》によれば次の事実を認めることができる。

(一)  債務者は、昭和五七年一月二七日、東富士道路について建設大臣の事業許可を受け、そのころ、初めて同道路の路線計画案を関係者に示したが、同案では、同道路は山中小学校体育館から一五〇メートル富士山寄りを通過することになっていた。これに対し、山中部落では、東富士道路をできるだけ住宅密集地から離れた富士山寄りを通過させるよう要望し、その結果、債務者は右路線を同体育館から三五〇メートルの位置に変更したが、同部落では、右位置でも神社有地の将来の発展及び部落民の生活に支障があるとして反対した。

このような中で、同年一〇月一八日、山中区、浅間神社及び浅間神社有地入会権擁護委員会の合同総寄合が開かれた。これには、管理組合の共同権利者二九二名のうち二六二名(委任状出席者を含む。)が出席し、管理組合の総寄合の実質を有するものであった。右総寄合では、東富士道路の路線をできるだけ山中部落の主張する前記体育館から七〇〇メートルの位置に近づけるよう交渉すべき旨の意見が出され、債務者との交渉のため東富士道路対策委員会(後に対策協議会と称す。)を設置することが全会一致で決議された。

(二)  右決議を受けて設置された東富士道路対策協議会は、債務者と交渉を重ねたが、同年一二月七日、債務者から東富士道路の路線を前記体育館から四五〇メートルとする最終案を示された。そして、同協議会は、同月一〇日に会議を開き、債務者及び山梨県の担当者から、右案より更に富士山寄りに路線を変更することは、演習場、勾配、曲線半径等の関係で困難である旨の説明を受けたうえ、右案を了承し、同月一六日に総寄合を招集してこれを諮ることとした。

山中部落が債務者の路線案を受け入れ、右総寄合でこれを正式に決定する方針であることは、同月一二日から一三日にかけ各有力新聞に報道された。

(三)  同月一六日、共同権利者に対しては通知書、その他の部落民に対しては回覧板及び役場公報で周知させたうえ、山中区、浅間神社及び浅間神社有地入会権擁護委員会の合同総寄合が開かれた。これが管理組合の総寄合の実質を有することは前記と同様であり、共同権利者二五〇名が出席した。

同総寄合では、債務者及び山梨県の担当者から東富士道路について前記路線案等の説明を受けたうえ、質疑を重ねた。その過程で債務者の路線案に対し不満を示す者もいたが、最終的には、そのような者も強いて右案には反対しない意向を示し、結局、

(1) 東富士道路の路線については債務者が提示した計画路線を承認する。

(2) 神社有地内に建設される道路用地の処分に同意する。

(3) 地域住民の要望する条件実現のため設計協議の段階に於ける交渉はすべて東富士道路対策協議会に一任する。

との三項目が「一同異議なし」という形式の全員一致で決議された。

(四)  債権者羽田一は、右総寄合に出席しなかったが、その翌日ころから、債務者等の関係者に前記路線案に反対の意思を表明し始め、債権者椙浦一布及び同高村国夫らもこれに加わった。このような中で、昭和五八年五月二七日に開かれた管理組合、浅間神社及び浅間神社有地入会権擁護委員会の合同総寄合では、東富士道路の路線が前記のとおり決定されたことを前提に、同道路より部落寄りの神社有地の開発促進等の決議がされた。

(五)  昭和五九年五月三〇日、管理組合の総寄合が開かれ、東富士道路の建設工事用道路として、神社有地内の同道路路線に沿った部分を使用させることが諮られた。同総寄合に出席した債権者羽田一は、東富士道路そのものの建設には賛成であるが、前記路線には反対である旨、また財産処分については組合規約三一条の手続をふむべき旨の意見を述べたが、議長は、道路用地処分を再確認し、側道部分の処分に同意することに賛成の者は拍手をすることを求め、その結果、全員賛成と認めてその可決を宣した。

(六)  その後、東富士道路用地として債務者に売却すべき神社有地の範囲等が確定したため、同年一一月三日、共同権利者に対し同月一二日の管理組合臨時総寄合の開催通知が発せられ、同日、共同権利者のうち二六一名(委任状出席一〇二名)が出席して総寄合が開かれた。その議案第一号は「浅間神社有地の一部売却処分について」であり、前記路線案に従い東富士道路用地として債務者に売却すべき神社有地の面積、位置及び代金が確定したことを受け、これを明示してその処分の同意を求めるものであった。同意を求める内容は、本件契約の内容と同一であり、本件土地もその対象に含まれていた。

右総寄合において、債権者羽田一は、再び、東富士道路の建設には賛成であるが、前記路線には反対であり、道路用地の処分については組合規約三一条に従った手続をふむべき旨の意見を述べ、原案に反対の意思を表示したうえ退場し、同じ所有権利者である債権者高村国夫、同椙浦一布及び同高村壽並びに利用権利者である他の一名も債権者羽田一に同調して退場した。同債権者は、退場の際、右反対の趣旨を記載したメモを組合長、議長団、新聞記者等に交付した。そして、右五名の退場の後、議案が表決され、拍手による全員一致で原案が可決された。

(七)  以上の五回の総寄合についての債権者らの出席状況は別紙債権者出席状況表記載の債務者・補助参加人主張のとおりである。

以上のとおりである。

もっとも、《証拠省略》には、各総寄合についての債権者らの出席状況に関し、右認定と異なる記載があるが、《証拠省略》によれば、共同権利者の行使する権利は、一家の代表者としてのものであり、総寄合における権利も一戸一権と観念されていること、従って、共同権利者の家族が総寄合に出席した場合は本人の出席と同様に扱われるのが従前の慣行であることが認められるから、債権者本人が総寄合の際不在であったことをいう前記各号証の記載は、前記認定を左右するに足りないというべきである。

他に前記認定を左右するに足りる疎明はない。

2  右1で認定の事実を前提に、本件契約の締結につき組合規約三一条一項の手続が履践されているか否かを判断すると、先ず、同項の「全共同権利者五分の四以上が出席した総寄合で、その五分の四以上の同意」については、昭和五九年一一月一二日の総寄合においてこれが得られたことは明らかである。

もっとも、前記認定のとおり右総寄合における表決は拍手によってなされているところ、《証拠省略》によれば、管理組合の会議規則二六条二項では表決の方法を起立によると定めていることが認められる。しかしながら、《証拠省略》によれば、管理組合の設立後の総寄合における表決は、右会議規則の規定に則って行われておらず、従来の慣行に従い、異議の有無を問う、又は賛成者に拍手を求める等の方法によって行われていたことが認められ、この事実に、前記認定のとおり、管理組合設立及び組合規約制定を決議した昭和五二年一一月二五日の総会の表決も、単に異議の有無を問う形でされていることを併せて斟酌すれば、右総寄合における表決が会議規則の定めに従っていなかったからといって、表決の結果が無効であるということはできない。

3  次に、組合規約三一条一項にいう「所有権利者全員の同意」についてみると、この規定の意味は前記二で判断のとおりであるところ、昭和五九年一一月一二日の総寄合において、債権者羽田一ら四名の所有権利者が退場した後、全員一致で原案を可決したことは前記認定のとおりである。しかし、右四名が退場に先立ち本件契約に反対の意思を明示したことも前記認定のとおりであって、このように総寄合に出席した所有権利者から明確な反対の意思の表明があり、その翻意がなかった以上、その者が自らの意思で退場し、その後に残余の者の全員一致で可決したとしても、これをもって、前記説示の「総寄合に出席した所有権利者全員の同意」があったものとはいえないと解すべきである。

もっとも、昭和五七年一二月一六日の総寄合において、出席者全員一致で東富士道路の路線を承認し、用地の処分に同意したことは前記認定のとおりであるが、その当時は、いまだ神社有地のうち処分すべき土地の範囲・面積及びその対価は具体的に決定していなかったから、右承認及び同意の決議のみをもって組合規約三一条一項の同意とみることはできない。

そこで更に、昭和五九年一一月一二日に債権者羽田一ら四名の所有権利者が本件契約の締結に同意しなかったことをもって権利の濫用といい得るか否かにつき判断する。

4  道路用地の買収は、路線の決定、測量に基づく対象土地の確定、代金額の交渉と、順次段階をふんで売買契約に至るものであり、買収の相手方としても、これらの段階に応じ順次意思決定をすべきことはいうまでもないところ、①昭和五七年一二月一六日の総寄合は、そこに債務者の路線案の承認が諮られることが事前に有力新聞各紙に報道された中で開催され、同総寄合においては、議事の過程において反対論もあったものの、最終的には全員一致で東富士道路の路線を承認し、用地の処分に同意したこと、②従って、管理組合としては、神社有地の一部を道路用地として債務者に売却することに関しては、その範囲・面積の確定及び代金額の交渉・決定をすべき段階になり、右総寄合において、以後の設計協議については東富士道路対策協議会に交渉を一任する旨の決議がされたこと、③右総寄合後に右路線に対する反対行動をとった債権者羽田一、同椙浦一布及び同高村壽らは、いずれも右総寄合には出席せず、債権者高村国夫は、代理人を出席させたにとどまったこと、④右債権者らはいずれも東富士道路の建設自体には賛成し、またその反対の理由が、代金額等、昭和五九年一一月一二日の総寄合において初めて明らかにされた事項に関するものではないことは前記認定のとおりである。

他方、《証拠省略》によれば、①東富士道路は、富士箱根伊豆国立公園並びに北富士及び東富士各演習場を通過するため、その路線位置及び道路構造に関し、環境庁、防衛庁及び防衛施設庁との協議が必要であること、②神社有地西側(富士山寄り)には演習場の飛行場及び着弾地があり、道路建設にあたってはそれらとの間に一定の保安距離をおかなければならないこと、③自動車の安全走行のためには、その勾配及び最小曲線半径について一定の制限があり、また、熔岩流(丸尾)の保護のため神社有地付近において東富士道路は盛土構造をとることが要求されるが、同道路を同付近において標高の高い富士山寄りを通過させると籠坂トンネルまでの間の勾配が大きくなり、また曲線半径も小さくなること、昭和六一年秋には山梨県において国民体育大会が開催され、東富士道路のうち河口湖インターチェンジと山中湖インターチェンジの間は、右大会開催に合わせ、同年八月に供用を開始する予定であったが、このためには、神社有地に近い山中湖インターチェンジの位置を早期に確定する必要があり、また、籠坂トンネルの掘削による土を右区間の盛土のために運搬するトラックを、観光シーズンで渋滞する国道一三八号線を通過させないためには、神社有地内の道路予定地に沿って工事用道路を確保することが望ましかったこと、⑤従って、昭和五八年又は五九年の時点において、東富士道路の位置を、神社有地付近において前記路線より更に富士山寄りに変更することは、全く不可能とはいえないとしても、極めて困難であったこと、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる疎明はない。

以上の諸点及び前記二の2で認定した組合規約作成の経緯を総合考慮すると、債権者羽田一ら四名の所有権利者が、昭和五九年一一月一二日の総寄合において本件契約締結につき同意を拒んだことは、所有権利者としての権利を濫用するものというべきである。

5  そうすると、本件契約については、右総寄合において所有権利者全員の同意があったものと同視すべきであり、結局、組合規約三一条一項の手続が履践されたことになるから、本件土地は、本件契約に基づき債務者の所有に帰したこととなる。

四  結論

以上の次第により、本件申請については被保全権利の疎明がなく、疎明に代えて保証を立てさせることも相当ではないから、本件申請を却下することとし、申請費用につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠清 裁判官 尾島明 裁判官鈴木健太は、転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 篠清)

<以下省略>

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